言語はモノを区別するために生まれたシステム 

『モノがあるから、それに対応する言語が発生した』のではなく
『区別する価値があるから、その区別に対応する言語が発生した』


 
リンゴがあるから、『リンゴ』っていう名前が生まれたんじゃなくて
『リンゴ』と『その他の何か』と区別する必要があったから
リンゴって名前がついた
 
例えば石ころ

 
これ何と聞かれたら
「全て石です」って答えるはず
 
じゃあこれは

 
「全てリンゴです」って答える人はいないはず
「右上がバナナでその下にあるのがオレンジで…」って答えると思う
 
これは区別した方がいいという価値観があるから
それぞれ名前がついてる
 
宇宙人が見たら
「全てただの塊です」と答えるかもしれない
 
もっと身近な例だと
日本語では「兄」と「弟」を区別するのに
英語だと「brother」
 
英語圏には兄と弟を区別するような価値観がないから
分ける必要ないということになる
 
とすると
人はそれぞれ名前がある
区別する価値があるから名前がある
 
どの国においても
人は他人と区別する必要があるっていう価値観があるから
人は誕生してから名前をもつ
 
話が脱線するが
誕生して名前を持つのは赤ちゃんだけど
同時に名前を失う人だっている
 
その子の母親
 
子どもが生まれてから『〇〇ちゃんママ』になってしまう

(「母の日に母親の名前を呼ぼう」キャンペーンが話題)

 
それでも『〇〇ちゃんママ』という名前があるので
区別する価値がある
 
もし人間を区別する価値がないと人間が判断したら
一体どんな世界になるんだろう
 
どの石ころも同じに見えるように
人間もただの動く肉の塊に見えてしまうのか
 
 
考えてたら恐ろしくなって寝れなくなりそう
とりあえず
人間はそれぞれ区別する価値があるから名前がある
 
つまり区別するってことは
その人に何らかの価値があると感じてる人がいるから名前がある
 
人それぞれ価値があるんだよ!っていうほんわかした感じでもう寝よう
 

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