自分以外の人と分かり合うなんて無理

コミュニケーションはお互い分かりあえないというところからスタートし、
それでも共通項が少しでも見つかると、ちょっとだけ分かり合うことができるから嬉しい。

 
そんな小さな喜びの積み重ねがコミュニケーションなんじゃないかと思ってます。
 
なので、言語によるコミュニケーションで完全にお互いが分かり合うのはほぼ不可能だと思います。
 
だって、『キャンプ』という言葉を聞いて、
テントを張るキャンプもあれば、

 
バンガローに泊まるキャンプもありますし、

 
大体わかるけど、お互いがイメージする『キャンプ』には必ず誤差があります。
 
 
たかがキャンプって言葉でさえ、誤差があるんだから
日常会話なんて誤差の塊みたいなもんです。
 
そう考えるようになってから、
会話が噛み合わないなんて当たり前だと思うようになり、むしろ話が合う人は「何これ、奇跡じゃね?」くらいに思ってます。
 
 
そういえばこんなことがちょくちょくあります。
「LINEはスタンプがあってほんと便利なんですよ〜」と大人に言うと、
 
「だから、最近の若い人たちはコミュニケーション能力が低下するんだよ」と返って来ることが多いです。
 
僕はこれは間違ってると思います。
 
僕を含めた若い人たちは、大人が思ってる以上にハイレベルでコミュニケーションできるはずです。
 
そもそも言語でのコミュニケーションは完全にお互い分かりあえないのは当たり前という認識がすでにあった上で、
それでも言語では表すことができない細かいニュアンスを伝えるために、非言語のスタンプを使っています。

ある本では、『若い人はコミュニケーション能力が低下したのではなく、コミュニケーション意欲が低下したのである』と書いてありました。
 
これも違うと思います。
 
繰り返しになりますが、言語でのコミュニケーションに限界(不便さ)を感じたから、
写真によるコミュニケーションのInstagramダンスによるコミュニケーションのTik Tokなどに移行してるだけで、
コミュニケーション能力の低下でもなければ、意欲の低下でもなく、多様化してるだけだと思います。
 
むしろ、スマホのおかげでコミュニケーション意欲は高まってると感じます。
 
(まだ日本でこのアプリは流行ってないのか分からないけど、インドに行った時は強制的にやらされました。笑)


 
この現象を言語によるコミュニケーションから逃げたと捉えるのは、おそらくミレニアル世代以降の人たちなんだなぁと思います。
 
他人よりいち早くそのものの限界に気づき、主流から一歩外れようとすると、大抵反発は起こります。
しかし、その突き抜けた先に新しい生まれてくるものだと思ってます。
 
今回に関してはいえば、
言語コミュニケーションの限界に気づいたスピードが、若い人たちの方が速いというだけの話だと思います。
 
とりあえず、お年寄りの方は若い人たちが何か違うことをやろうとした時は暖かい目で見守ってください。
 
以上、自分が思考停止オヤジになった時のためのブログ記事でした。
 
そういえば、僕らはファッションでもコミュニケーションしてるなぁ。

このパーカーめっさ欲しい。誰かプレゼントして。


 
 

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