あなたの趣味ってなんですか?

初対面でよく聞かれる質問だけど、
意外と悩んでるは人いるんじゃないかなと思う。
 
これからの時代、趣味』について今一度考える必要がある気がする。

 
なぜかというと、
テクノロジーのおかげで人間がやりたくないようなことを機械が代用してくれた結果、
そこから生まれる空いた時間がまさに趣味の時間になっていくと思うから。
 
例えば、自動運転
ドライバーの両腕が完全に自由になるわけだから運転中に好きなことができるようになります。
 
今までドライバーは運転だけしていればよかったのに、自動運転になってしまったがために突然暇になっちゃいます。
 
でも、ぽっかり空いた時間って人間にとって、結構ビッグチャンスだったりすると思う。
 
 
2018年あらゆるSNSを見ないことにしました。(~SNS終了のお知らせ〜)
その結果、自分でもびっくりするくらい時間が生まれました。
 
「空いた時間何しよう」って考えてました。
 
まず、時間が突然生まれると人間どうやら『考える』みたいです。
これ発見でした。
 
 
その空いた時間を使って始めたのが料理でした。(やっぱり料理できる人がモテる)
料理してる時間は僕にとってある種の瞑想タイム』です。
 
余暇って大事だなぁと感じたので、半強制的に余暇を作り出すのもありだなと思いました。
 
でも今後はテクノロジーが作り出してくれるのを期待してます。


【余暇が人間を成長させる】

古代ギリシャでは奴隷がほぼ全ての仕事をした結果、時間を手にした貴族たちは、
「暇だし哲学でも勉強すっか、モテるし。」といった感じでギリシャ哲学が発展していきました。
 
それと同様に、現代では
『奴隷』が『機械』に代わることで、大多数の人が時間を得ることができるはずです。
 
ただ一つ違うのが、
古代ギリシャでは哲学できる人がかっこいい、といったステータスは現代にはもちろん無く、
哲学に変わる確固たる『何か』がないということです。
 
その何かは必ずしもみんなが同じである必要なんてない。
 
僕はその『何か』というものが、趣味なんじゃないかと思ってる。
 
ただ趣味っていうものは他人が決めてくれるわけでもないし、
社会が決めてくれるわけでもない。
自分で探さないといけない、『自分だけがなぜか自然と頑張れちゃうもの』を。
 
おそらく『趣味の見つけ方的な本が本屋の棚に並ぶんじゃないのかなとも思ってる。
 
人工知能に代替不可能なものである趣味こそが、その人の嗜好性を表し、価値になります。
 
昔の資本は筋肉であり、肉体労働を集約できることに価値がありましたが、
それが蒸気機関の発明で追いやられて、今の資本は頭脳になりました。
そして、これからは頭脳は人工知能によって追いやられて、次の資本は嗜好になっていくそうです。
 
日本の人工知能の権威、東大の松尾教授がこんなことを言っています。

  ”自分が何を好むのかという情報はこれから価値になります。”

 
時として非効率的な嗜好』が体現化した『趣味』『価値』となって、
その人を人間として成長させていくと思う。
 
近い将来「趣味はなんですか?」という単純そうな質問が
『その人そのものを表す』という点で、
奥が深くなっていくんだろうなと考えてる。


【趣味の定義】

そもそも『趣味の定義』ってなんだろうと考えてみた。
 
まずはWikipediaによる趣味の定義によると、

”人間が自由時間に、好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄やその対象のこと。道楽”

 
それとは別で実際に友達・先輩・教授・師匠
「趣味の定義はなんですか?」と尋ねてみました。
 
すると、こんな感じの回答が返ってきました。(抜粋)

「つぎ込む時間とお金が全然惜しくならないくらい好きなもの」
「お金が稼げないのに、楽しいからやってること」
「無心で夢中になれるもの」
「軽い気持ちで触れられる好きなもの」
「好きなこと」

これを踏まえた上で自分なりに『趣味』を定義してみると、

『他の誰かのためではなく、自分のためにする好きなこと』

 
趣味を続けていった結果、趣味が仕事になる人もいます。

 
そうかと言って、趣味を継続しなければいけないというわけではないから、
「なんか違うな」と思えばさっさとやめてしまえばいいと思う。
 
趣味をしている時間は自分の人生を能動的に生きている時間
 
趣味は誰かに言われたからやるものではないという意味で能動的。
 
「あんたゴロゴロしてないで趣味やりなさいっ!」
って親に怒られた人はきっといないはずです。
 
趣味は他の誰でもない、自分だけのためにやること。
しかし、自分で勝手に定義しておきながら、なんか違和感があるんです。


【これからの趣味の在り方】

ミレニアル世代以降において、趣味の在り方が変化していく気がします。
 
さっき僕が(勝手に)定義した『趣味』からもう一つ抽象度が上がると思ってる。
 
他の誰かのためではなく、自分のためであり、且つそれが他の誰かのためになること
もちろんそれが好きなことであるのは変わらない。
 
あくまでそういった種類の趣味が増えてくるというだけで
全員の趣味がそうなるわけではないと思ってます。
 
なぜそう考えるのかを説明していきます。


【モノ→コト→シェア→タシャ】

ちょっと前に、『モノ消費からコト消費へ』というのがトレンドでした。
 

モノ消費:商品・サービスそのものに価値を感じて所有に対してお金を払うこと。

コト消費:商品・サービスによって得られる体験に価値を感じてお金を払うこと。

 
ただこのコト消費が変化していくと思う。
どういうことかというと、
体験する対象が自分から他人まで拡張していく気がします。
 
モノ消費が頭打ちになり、人はコト消費に流れました。
つまり、体験を求めるようになったわけです。
 
次に、その体験を自分だけで留めておきたくない人が出てきました。
そのニーズをうまく拾ったのがインスタグラム

 
面白いことに、シェアするために体験しようという人が出てきたりもしてました。
『インスタ映え』という流行語がまさにそれです。
というわけで、この現象を勝手に『シェア消費』と呼びます。笑
 
しかし、それはただ自分の体験を他人にシェアしているにすぎないので
他人に対して直接的な影響や他人の役に立つことはあまり無いです。
 
ということは、次に来る流れは
他人に直接的に影響を与えたり、
誰かの役に立つことができたりするような体験を人は欲しがるんじゃないだろうか、と考えてます。
 
 
言い換えるならば、他者貢献型体験なのかもしれない。
 
他者のために時間やお金を使うためには、
その人にとってそれが好きなことではないと苦痛でしかないはず。
 
なので、趣味の話に戻りますが、他者貢献型体験は趣味である必要性があるのかなと思います。
 
他者のために時間やお金を使うので『タシャ消費』と勝手に呼んじゃいます。
 
簡単に思いつくのはボランティアとかだけど、もっと身近な人に役立つこと
ただ今はそれを表す言葉がないので、ボランティアということにしておきます。
 
そもそも人間は貢献したい動物であり、
他者に貢献出来たと感じたときに幸福感を得ることができる。
ミレニアル世代は特にこの傾向が強いんじゃないかと思ってます。

 


【ミレニアル世代の課題】

身の回りにモノが溢れていること。
サービスを通して新しい体験ができること。
それを他人にシェアできる環境があること。
 
僕らミレニアル世代は、生まれた時から物質的に満たされていて、『ないものがない』
これ以上どこを目指したら良いのか分からなくなってしまったのは事実です。
 
ミレニアル世代の代表とも言えるマーク・ザッカーバーグのハーバードでの演説がまさにミレニアル世代の心の声を代弁してくれたように感じました。
 

  ”人生における目的、方向性、意義を多くの人が失ってしまったから、誰もが人生の中で意義や目的を持てるような世界を創り出すことが僕らの世代の課題です。”

 
「誰かの役に立ちたい。」
 
その一つの手段として、
「人生の意義や目的を誰かに与えたい。」なのかもしれない。
 
もしかしたら、自分の』人生の意義や目的を誰かに与えられるのかもしれない。
 
その答えのヒントが趣味にあると思っています。
 
「自分の趣味ってなんだろう。」
「自分の好きなこと、得意なことってなんだろう。」
 
そもそもそんなこと考える時間さえ僕たちにはなかったわけですが、
テクノロジーというものがその『時間』を作り出してくれるらしい。
しかも、人間がやらなくていいことをやってくれるそうです、非常にありがたい。
 
これはまさに、絶妙なタイミングで
「好きなことを見つけてみましょう」と言われてるようにしか聞こえないです。
 
自分の好きなことを見つけ、趣味を通して誰かの役に立ったとき、
初めて僕たちが精神的に満足できるのかもしれない。
 
どこか物足りなさを感じながら生きてきた中で、
趣味というものを改めて考えることで、
もっと有意義な人生を送ることができるんじゃないだろうか。
 
 
 
 
ところで、
『あなたの趣味ってなんですか?』
 

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