インドと言ったら、タージマハルじゃない、ガウタムブッダ大学だ

2017 1128

いつものように5:30に起きて、ザーッとシャワーを浴びてスマホに溜まったLINEで衝撃的な事実を知ることに…


 

なんと留学終了まで残り200を切っていました (人によって200日の感じ方は異なりますが)

 

大学の図書館が朝8時に開くので、それまでカフェでいろいろやってから

トボトボ歩いて学校まで行くんですが、

「この留学で得たものは何だろうか?」

 

だいたい3ヶ月に一回のペースでこんな問いがどこからともなく突如やってくるわけです

 

そもそもすぐに何か得られるという考え自体おこがましいものの、

何か起きそうな予感さえしなかった

 

そういうときは、決まってやることがあります

『現状の外側へ出ること』

これは僕の人生の師匠(通称ピンクい師匠)が教えてくれたことです

 

ということで、

『一旦リーズを去ろう』

 

リーズはすごくいい街

良すぎる、住みやすすぎる

そして、どこか物足りなさを感じる

 

僕は自分に弱い、生ぬる〜い人間なので

定期的にちょいと厳しいところに自分を放り投げないとあかんのです

 

そしたら偶然にも

インドGlobal Partnership Summit(GPS) とかいう国際会議を発見

地球環境を考え持続可能な発展像についてのより広く深い討議を行うため、世界の政策担当者、ビジネスリーダー、第一線の研究者がニューデリーに集結する国際会議 (らしい)
 

すぐさま航空券を買い、インドに行くことを決めました

 

『Global Partnership Summit』

名前だけあって一見すごそうな国際会議ですが、正直期待しすぎました(笑)

 

初日、時間通り現地に到着するもののまさかの会場がこんな感じ(ここから察してください)

 

GPSの内容には触れず、とりあえずインドでの発見をつらつらと書いていこうと思います

 

とにもかくにも何もしないでイギリスに帰るわけにはいかないので、

『友達100人作って帰ろう』

という目標を立てました (おそらく達成した)

 

彼らと会話してる中で、いくつか発見がありました

 

例えば、インド人は英語を「話す」というより「使う」

とにかく自分の伝えたいことを(テキトーな)英語を使って伝えてるんだなと強く感じました

 

英語はツールだと頭ではわかっているんですが、

インド人と話しててようやく体で理解できました

 

彼らと4日間喋り倒してたので、テキトーな英語ですが『使え』るようになった気がします

(実はこれが結構大きい収穫だったりする)

 

他にも、インド人の学生90%近くがエンジニア

誰に聞いてもエンジニア

GPSエンジニア畑でした

 
GPSに来ている日本人は、なぜか日本人だけで固まってたんで
もったいねぇなぁと横目で見ながらチャイをすすってました
 

しょうもない発見ですが、インド人(男性)は100%ヒゲ生やしてます

この写真を見てもらえれば分かるかなと思います (ヒゲ生えてないインド人っていないんですかね)


 

GPSが終わった後は、

インドで働いているブロガーのカヨリーナさんたちとご飯を食べました

(まさかのご飯会ではなく、ビジネス勉強会だったということを現地で知り1人焦っていました)

 
そんなカヨリーナさんのブログはこちら↓

『恩送りの文化』を創る人 〜第3回インド若手勉強会レポート〜 vol.401

 

 

だいたい宿泊場所はその場で考えるスタイルだったので、

翌日の宿がなかったんですが、勉強会にいらした方が(溢れ出る優しさの塊のようなお方です)

シェアハウスに泊まらせてくれるとのことで、

 

まさかのそこに同居してるのがタビイクを立ち上げたタクトさんでびっくり

 

お酒を飲みながら『恩送り』について語ってました

 

  • 『恩送り』が生まれる条件
  • Give&TakeとGive&Giveの定義とは
  • お金のいらない国 』(←この本めちゃくちゃ欲しい…)

ちなみにタクトさんもペイフォワードが大好きだとかなんとか

 
まぁ当然Spreading loveの話題になったわけですが、(Spreading loveについては 2:35から)


 

「花もらう側の気持ちを考えてないんじゃない?」

 
こんな問いが生まれたので、よくよく考えてみたところ
『もらう側の気持ちを考える必要はない』という結論になりました
 
花を受け取ってくれる人は、花が欲しいから受け取るのであって、
いらない人は受け取らないはず
 
事実、街角のティッシュ配りだって同じことが言えます
ティッシュを欲しい人がもらって、いらない人は通りすがる、そんだけです
 
じゃあ、もらう側の気持ちを考えるときはいつなのかって話なんですが
もらう側の選択肢が限りなく1択に近い状態の時なんじゃないかと
 
例えば、友達からのお土産とか
 
友達からのお土産って、たとえそれがめちゃくちゃいらないものであっても「いらない」と断りにくいじゃないですか
 
この場合、『受け取る』という選択肢しかもらう側に与えられていないので、この時初めて渡す側『もらう側の気持ち』を考えてあげるべきなんじゃないかな
それが優しさってやつなのかなと思います
※別にお土産を否定したいわけじゃないです
 
 

さてさて話が長くなりましたので戻ります

 

またまた翌日の宿がないので、困っていたところ

GPSで出来た友達から

「宿とご飯用意したから俺の大学遊びに来ない?」との突然の神メッセージ

おい、まじか、てかVIP対応かよ

その大学がどんなところかも分からなかったんですが、とりあえず行かない理由がないので、

 

すんごい風化したバスに乗ったり

この部分的なところから、全体を想像していただきたい


 
トゥクトゥクに乗ったり

なぜ君はここにいる


 
突然微妙なところで降ろされたり

どうしろってんだ


 
そんなこんなで無事到着
 

とりあえず、とにかく広い!

もうちょい近づいて写真撮ってもよかったんじゃないかなぁ (小声)


 

んでもって、ブッダ!

(きっとブッダ系大学なんだろうなと調べて見たら、大学名は『ガウタム・ブッダ大学』)

 

わざわざカレーナンをデリバリー取ってくれたりと

インド人のとてつもない優しさというか、ガウタム的なホスピタリティを感じました

いかにカッコよくナンを持てるかが勝負だったりする


 
最終日は、インドにインターンしに来てる海江田 雅海 (うえた みやび)くんに会いました (名前かっこよすぎな件)

名前もかっこいい上に、さわやかイケメンでした
幼稚園の頃から、足が速くてドッチボールができる、モテるタイプの人間だ、絶対


 
沖縄出身のみやびくんは、将来キャリア教育に携わりたいとのこと
 
小学生の頃からもっと選択肢があれば、今どうなってるんだろう
という自分の経験から、これからの小中学生に同じ経験をして欲しくないという想いが生まれ、
そのために、『学校教育』『家庭教育』の2つのアプローチからキャリア教育に挑戦しているそうです
彼曰く、子どもの選択肢は親に大幅に関係すると考え、親へのアプローチも考えています
 
これには僕も同じ意見です
一般的に子どもの成長を邪魔するのは大抵の場合、その子の両親な気がします
「危ないからダメ」とか「そんなお金うちにない」とか
 
んでもって、子どもが好きなものはこれであそこに連れて行けば楽しいだろう、みたいな親の凝り固まったフィルターを通した世界を子どもに押し付けるのは、なんか寂しいなと感じますし
それが原因で子どものキラキラとした輝きが徐々に失われてしまうんじゃないかなと最近考えます
 
というのも、そういった友達が周りに山ほどいるわけで
そういう話を聞くと、なぜだか悔しかったりするんです
 
ピカソはこんなことを言ってました

子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。

 
(名言の解釈って自由だと思うので、勝手に個人的な解釈をしますが)

やりたいと思ったことをやり、時間を忘れるくらいにひたすらそれに没頭する

 
これが芸術家であり、そして子どもってこんな感じなんじゃないかと僕は思います
そして、それを少し離れて見守りながらサポートするのがの役目だと思ってます
 
しかし、大人になるにつれて芸術家でなくなってしまう一つの大きな要因が、虚しくも大人である両親だったりするわけです

『親の価値観の押し付け』

 
こいつが元凶だと思ってます
さらにタチが悪いことに、特に親はそれを悪いことだと自覚していないという事実
 
その根本を解決しない限り、
親が子の可能性の芽を摘み、その子が親になったら同様に無自

タイトルとURLをコピーしました